クリスマス前と、それから大みそかから三が日にかけて、急な冷え込みに襲われた日本列島であり。ここのところの例年は、クリスマス寒波は有りでもお正月は割と穏やかだったのにね。そうそう、その煽りというものか、北海道の雪祭りの雪が足りないと危ぶまれたり、スキー場が営業できない状態に追い込まれたりするほどだったのにねぇと。この数年ほどの“暖冬”を懐かしむお声が聞こえた、この冬の始まりだったのだりし。
「…やっぱ四輪の方がよくないか?」
「へーきだっ!」
襟元や袖口、フードの縁取りなどなどに、一丁前にも毛足の長いファーの覗く、なかなか本格的なダウン仕立てのそれだろう、ムックムクのブルゾン羽織って来た坊やを見て。葉柱が“やっぱり”と案じたのも無理はない。ただでさえ結構な寒風吹きすさぶ天候となっている中、約束していた遠乗り、バイクでのツーリングにて、遅出の初詣でと洒落込もうという運びになっていた彼らなのだが、
「それでなくとも寒いのへ、とんでもねぇ風も吹きつけんだぞ?」
風があると、それだけで体感温度が随分下がるという話だし、もう既に、日頃真白な頬やら鼻先やらを赤く染めてる坊やなだけに、
“風邪でも拾わせたら一大事だしよ。”
何につけ、強がりばかり言う唐辛子坊や。口許からの吐息が白く曇っていようが、時折ガレージ前にもびゅんと吹き来る強めの風に、その小さな肢体が冗談抜きに押し戻されかけていようが、バイクで出るんだとの意向は引っ込めそうにない気配
……だったので。
「まあ、お前が平気でも俺が御免だからよ。」
「ええ〜〜っ?」
「真っ向から風を受けんのは俺のほうだぞ?」
それに、俺らはしっかり走れても周辺はどうだか判んねぇ。ハンドル切り損ねた未熟者が、よろめいて来た揚げ句、こっちへぶつかりでもしたらどうするよと。なるほど、そういう懸念もありはするというのが、口惜しいかな理解できた妖一坊やであったがため。こちらさんもまた、襟元の詰まったセーターに柔らかそうな革製のライダーズジャケット…といういで立ちの中、着脱式の裏地を加えた冬装備を整えているその懐ろに、
「うう〜〜〜っ。」
不満でございますという御面相のまま、八つ当たり半分、バフッと飛びつく坊ちゃんだったりし。素直に折れるのが癪だった気持ちの発露だったはずなのに、
“…あ、暖ったけぇ〜〜vv”
飛びついた瞬間、瞬発力を繰り出せば…身を躱して避けるのは大仰だとしたって、大きな手のひらで受け止めての、腕の中どまりに制することだって出来たろに。
「おっ、」
不意を突かれましたと言いたげな声こそ出したものの。わざとに避けず、むしろ長い腕を坊やの背へ回してくれさえしたらしきお兄さんで。相変わらずに身長差がある二人なので、本当に不意を突かれたのならみぞおち辺りへ落ち着くはずが、ちゃんと胸元、懐ろにこっちのお顔が収まっているのが、息を合わせてくれた何よりの証拠で。そうなるようにと屈んでくれた葉柱は、むぎゅむぎゅと押し込まれる坊やの頭を見下ろすと、駄々っ子目がけて念を押す。
「な? 出掛けるんなら車でだ。そうしような。」
「〜〜〜〜〜〜〜、うん。」
しゃあないな、年寄りが一緒じゃあそれも仕方があんめぇよ、なんて。何とも一丁前なお言いようをする坊やだったが、そのまま真上へと上げて来たお顔には…何とも言えぬ無邪気で嬉しそうな笑みが“にゃは〜っ”と浮かんでいたりするものだから。それでなくとも、微妙に素直じゃあない坊やだっての心得ている葉柱にしてみりゃあ、
“おおお…。///////”
なんてお顔をしやがるかと、それこそ不意打ち食らったようなもの。
「ルイ?」
「……何でもねぇ。///」
それではとの仕切り直し、どれへ乗って行こうかねと、葉柱さんチの広々としたガレージを見回して。あ、珍しいのが停まってる。あれはダメだぞ、伯父貴の愛車だ。まだ居残ってるおっさんがいんのか? いや、ご本人は欧州だ。空港に向かう前にここへ置いてっただけだ…つか、居残ってるってのは何だ?
「だってよ。
ルイんチって、正月とかんなると あちこちから親戚集まるんじゃねぇの?」
葉柱一族の本家ってやつなんだろ? 特に手柄顔になるでもなく、見上げて来た幼いお顔へ、まあそれはそうだがよ…と。そういう大人の事情や何やへ当然顔で通じているところ、久々にお見せ下さった妖一くんへ、当事者の側な葉柱としては“気を回していただきまして”と後ろ首を掻いてみせたりし。
「…あ、それでお前、正月からこっち連絡入れて来なかったのか?」
「あけおめコールはしたじゃんか。」
どうせ例年どおりに運ぶのならば、年越しは族の面々と夜明かしするか、それから酒が入ってない面々だけでそのままご来光ツーリングに行くか。そういう過ごしようをするお兄さんなのはよく知っているし。この家へ戻れば戻ったで、そろそろ一族へのご挨拶が必要にもなろうお年頃の葉柱だからと気がついて。そういうしきたり、邪魔だてすんのは大人げないと思った坊やであったらしいということが、言葉少なな言いように伺えて。そういう妙なところへの気遣いは、大威張りでやらかさず黙ってこなす彼なのが、
“案外と古臭い考えようをしてやがんのかもな。”
相手の都合なんて知ったこっちゃねぇとばかり。ガッコが終わったぞ迎えに来いという、強引極まりない放課後のお呼び出しも、相変わらず続けているクセしてね。こっちの思わぬところで、そういう気遣いしてくれているのがまた、十分意表を衝いてくださる“びっくり箱”坊やだったりし。
「じゃあ、これ。」
まだまだ小さな指先で差し、無難にも時折乗っているワンボックスを選んだ坊やだったので。よしよしと頷いた葉柱、こうなる流れを見越していたか、小旅行用のカートバッグほどの大きさのトランクボックスを、後部座席へと押し込んだ。何だそれ?と、仔猫みたいに小首を傾げた坊やへ苦笑を見せつつ、
「なに、退屈しのぎの色々だ。」
バイクでのツーリングならば、葉柱の大きい背中に掴まっているので精一杯の道中だが、そんな必要がなくなると、途端に退屈にもなろうから。
「おお、スナック菓子とサンドイッチ、ジンジャエールもあるvv」
まだ何か要るんなら、そっちは通りすがったコンビニででも補給すりゃあいいだろからと言う葉柱だったが、
“…十分じゃね?”
ヒーターが効いてる車内なのにもかかわらず、使い捨てカイロまで入っており。だが、そっちは車から降りた際に要るのだと、後から気づいて微妙に癪になりかけた小悪魔坊や。居るんですよねぇ、気が利かない女子に“女の癖にこんなことも気がつかねぇのかよ”と焦れるくせに、如才のない子が相手だと…気が休まらないというか、負けた気がしてやっぱり落ち着けない、几帳面な男子。(苦笑)
「そういや、お前のほうは正月はどうしてたんだ?」
こっちからも あけおめメールのお返事を出しはしたけれど、微妙に反応が遅かったの、今になって思い出した葉柱が。セナ坊とどっかで遊んでたのかと、無難なことを訊いてみたれば、
「いんや。ここぞとばかりの1年分、父ちゃんと遊んでやった。」
「あ、…そおでしたか。」
しれっと、いかにも何かのついでであるかのような、素っ気ない言いようをする坊やではあったが、
“…何か、構図が浮かぶのがな。”
長の歳月、愛妻と愛息子を残して家を空けていた放蕩親父と、そんな言いようをしていたお父様は、戻って来たらば……これがまた、何と言いますか。この、どこかスタイリッシュにもクールな美貌を今から備えた妖一坊やを、まんま10何年か大人にしましたというような。切れ上がった金茶の目許に細い鼻梁と色白な頬、染めたものじゃあない生粋のダークブロンドの髪をした。四肢もすんなりとしまった痩躯で、全体的に見ても鋭角的で冴えた印象のする、クール・ビューティな男性であるにもかかわらず。これ以上の子煩悩はないんじゃないかと思えるほど、こちらの坊やにべったりしたがる、究極にして史上の甘やかしたがりという困ったお父様でもあって。
『自分が放ったらかしたから、俺がこんなしっかり者になったって言うのによ。』
可愛い路線でいた方が実入りは良いと知っていればこそのこと、いわゆる“演技”ではそんな振る舞いもするけれど。性根というか素顔はといや、いい子いい子と子供扱いされるのを、あんまり好もしくは思わない性分のおませな坊やにしてみれば、家に帰ってやれやれと素の顔になれる時までも、そんな構いつけをされるのは…はっきり言って鬱陶しいらしいと来て。
―― ああまで見た目と中身が真逆な親子も珍しい
くどいようだが、何しろこういう風貌なところが恐ろしいほど瓜二つな親子なだけに。やい構えというよな偉そうな言いようではあれ、坊やの側が甘えかかって。それをやなこったいと意地悪な言いようであしらいつつも、内心ではちゃんと見守ってるお父様……という相関図を想像されがちだけれども。
“それってホント、正反対の図式だよなぁ。”
ですよねぇ。何で遊んでくれないんだと、日頃はお父様の方が泣き言言ってるそうですもんね。なのでということか、
「暇だったからな。」
構え〜って言われる前に先手を取ってこっちから甘えた甘えた。紅白も一緒に観たし、年越蕎麦も並んで食ったし、除夜の鐘も撞きに行ったしよ。初詣でに出掛けた神社では、遠くが見たいってねだって肩車してもらったし。そのままおんぶしてもらって家まで帰って、2日目には海浜公園まで凧揚げしに行って、帰りにスーパー銭湯に寄って、思う存分泳ぎっこしたし。3日はお揃いのスカジャン着てってライスボウル観戦だろ、べいぶれーど買い揃えてもらって半日中コマ遊びもしたし、そん次の日はセナも来たんで うぃいでフィールドアスレチックもしたしなと。すんなりとした指を1つ2つと折りつつ数えた“年末年始スペシャルメニュー”は、普通のご家庭でもそこまで揃えないんではというほどの天こ盛りっぷりであり。
「…そいつは凄げぇな。」
立て続けにそれって、体力的にも結構来ないかと。他人事ながらも心配そうなお顔をする葉柱だったのへ、
「そか? 俺は全然へーきだぞ?」
「いや、お前は回復力が違うだろ。」
それに、あくまでも甘える側だ。父上の方は、外出だの遊びだのへの活力のほかに、慣れない肩車だのおんぶだのと、そっちも加わっての大変だったに違いなく。そこを同情しとんのだがと言い重ねれば、
「……どうだろな。」
う〜んと思い出すように眉間にしわを寄せた坊ちゃんであり。だって、ウチの父ちゃん、まだギリで二十代だしよ。
「ただまあ、甘えられ慣れてなかったか、
軽い中毒起こしてやがったんで、
さすがに今日は免じて仕事に出さしてやったけど。」
「ちゅ、中毒?」
おお。日頃なら向こうから起こしに来やがんのが、今朝はさすがに布団から起き上がれねぇとか言っててさ。今日から『もののふ』でのバイトが始まるって言ってたから、じゃあそれまで寝てなって言って出て来た。
「それは、筋肉痛の間違いでは。」
「そうなんか?」
でも、あちこち出掛けたのは一昨日までだし、昨日は全然平気だったんだぜ? だからだな、若いうちは頑張ったすぐ次の日がキツイんだが、年がいくに従って痛くなるのに中1日置いたりしだすんだよ。
“それでなくとも、こいつの運動量は半端じゃねぇし。”
自分のように、毎日をアメフトの基礎トレで酷使していりゃともかくも。時々バイトに出るほかは、実家で主夫として過ごしていると言ってた御仁。それが、この台風坊やに引っ張り回されたんじゃあ、並大抵じゃあない疲れも溜まるぞと、今日ばかりはあのお父様へ同情しちゃった葉柱のお兄さんだったようでして。
「ほら、とっとと出掛けようぜvv」
「……あ、ああ。」
何はともあれ、元気が何より。健康祈願のお守りでも買って来て差し上げるかと、そんなことをば思いつつ、仕切り直しの初詣で、ちょっぴり遠出に出向く二人で。まだまだ冬休みモードの車も多いでしょうから、どうか道中ではご注意を。
どうぞ今年もよろしくお願いしますネvv
〜Fine〜 10.01.11.
*妖一坊やの“中毒発言”はまんざら大仰ではなかったようで、
バイトと言って出掛けてった某茶房にて、
ついつい微妙に にやけながらぼんやりしちゃあ、
「…ヨウイチロ、手が止まってる。」
「止まってゆ。」
七郎お兄さんとくうちゃんから、
めぇでしょ?という教育的指導が飛んでたりしたら笑えます。
「そうはいうが、くう坊よ。」
お前さんそっくりのかーいいヨウイチが、
抱っこだおんぶだと甘えてくんだもんよ、と。
こちらはもっと小さな坊やを相手に、
わざわざそんな、惚気半分の言い訳してどうするか。
「…目眩く(めくるめく)新年だったようだの。」
「我が子に萌えてどうするんだか。」
こらこら七郎さんたら。(苦笑)
めるふぉvv 
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